« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

2005年12月

良いお年を~

ちょっと早いですが、1月1日付けの更新をかけました。
夜は忙しいんですもの~

今回は過去ログのタティングのベストがメインですね。お気に入りの色なんです。見てやってくださいね。
それでは皆様、良いお年をお迎えくださいませ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

入院生活 6

20日
午前の回診のときに、鼻の管を抜かれた。胃液が喉と鼻を通って、つーん・・・うええ。
お昼近くになって、体を起こされて、手術着からパジャマに着替え、トイレも自分で行くように言われる。
まだ点滴付き。体を起こすのも、ベッドの柵につかまって、やっとこさの状態。
体を横にすると内蔵も動くので傷に響く。内臓って、重い・・・
夜も寝返りを打てなくて、柵につかまって、上半身だけ、横に向けてという力技。

21日
少しづつ、力の入れ加減がわかってきて、体を起こすのも楽になってきた。夕飯から前粥で食事再開。
よかった~流動食からじゃなくて・・・ ご飯がおかゆなだけで、おかずは普通食。三食、全粥で4食目からは普通食になった。
傷はみぞおちと右脇、右の横っ腹、へその真上の4箇所。内臓に癒着がなかったので、腹腔鏡でできたそうだ。傷は縫ってあるのじゃなくて、ホチキスの針みたいな金属針で止めてある。小さい傷は4箇所くらい大きなもので8箇所くらい。その上から、点滴の針の上にカバーするシール状のものと同じフィルムを貼ってある。これで濡れてもしみてこないのでお風呂も大丈夫。

22日
お風呂に入ったけれど、念のためシャワーで。そうしたら、へその傷の上に貼ってあるフィルムが小さくて、横から水漏れ・・・あとで消毒をしなおしてもらった。
傷は歩いたり、せきやくしゃみは響くけれど、ゆっくりだったら、大丈夫。

23日
外泊と言う形で急に家に帰れることになった。夕飯は旦那が買い物をしてくれたけれど、暖かいものもいるだろうと、結局汁物を作ることに・・・

24日
ご飯も洗濯もやった・・・まだ傷が響くんですけど・・・
25日にかけて、やり残していた年賀状を仕上げる。150枚をプリントアウト、裏書が結構大変・・・

26日
一度、病室に戻って、抜糸(というか抜針!?)されるのに、回診の時間待ちだったので、10時半を過ぎ、そのあと、会計(入院費の明細)と次回の予約の紙をもらうのを待っていたら、昼食が出て、ありゃ?
朝食あと外泊から戻ってきたので、食事分が1回残っているので、昼食として出たんだそうだ・・・
結局、全部が終ったのが1時。午前中に戻れると思っていたのに、随分遅れてしまった。
内科のときもだったけれど、外科の時も、予定外のことばっかり。
まあ、無事に帰れたので、よしとしましょうか・・・

あとは、傷がきれいにふさがってくれるといいなあ・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

入院生活 5

いったん退院したあと、外来で外科の診察を受ける。
採血、心電図、肺活量、レントゲンと全身麻酔のために必要な診断を受ける。

12月16日
入院 夕方に手術の説明を受けたら、一度家に戻っていいよ(外泊)ということだったのだけれど、二日前から夜になると38度とか、37.9度とかの熱が出ていたので「それじゃ、帰っちゃだめ」ということになりました。
熱で手術が延期になったら、私も医者も困る・・・
やっぱりよるになるとじわりじわりと上がってくる。風邪か疲れか・・・
それ以外は全然問題なかったんだけどね。おかげで元気に暇だらけの入院生活。

17日・18日
今度の部屋は5人部屋。廊下の突き当たりの一番端っこなので、廊下の幅の分だけ部屋が広い。
ただ、廊下の正面はドアが開いていると丸見えなので、そこは窓になっている。
少々熱が上がるくらいで、後は問題ない。
18日午後から、翌日の手術に向けて準備が始まる。
おなかをすっきりさせるために下剤を飲んだり・・・
夕食は流動食。味なしの葛湯が330cc、トマトジュース、栄養剤のカロリー飲料。
トマトはいいけどジュースは苦手。カロリー飲料もココア味なんだけど、味が微妙・・・
なくてもいいよ、この食事・・・術後もこれじゃ、いやだなあ。

19日
朝食はもちろん抜き。おなかの中は強制的にきれいにして、術後部屋移動のために荷物を整理する。
さて、手術。
手術着に着替え、髪の毛をまとめ、ストレッチャーに乗って手術室に移動。
麻酔をかける。背中に硬膜下麻酔をするために痛み止めを注射する。背中の真ん中に細いチューブで麻酔薬を入れるのだけれど、その針が太い。帝王切開の時の腰椎麻酔の針より太いらしい。その痛みを和らげるためなのだが、やっぱり注射なんだよね・・・ちくちく、じわっとした痛みが続くが、そのうちわからなくなる。
チューブをテープで背中に固定して、口に酸素マスクをされて、点滴から眠くなる薬を入れられると10秒ほどで意識がなくなった。

起こされて、深呼吸して、手や足を動かしたのは覚えているけど、手術室を出たのとか移動とかは覚えていない。
ベッドに下ろされて気がついた。旦那と話をしたりしたけど、一日うつらうつらしていた。
途中、隣の人が内科に入院したときに隣だったおばあちゃんなのに気がついて、声をかけた。
ここでも一緒とは・・・
肺炎予防に痰を出すように言われてたのだけど、鼻にのどを通って胃に通じるチューブが入っているので、ごろごろするけどなかなか出ない。力が入ると傷が痛い。体が重くて腰を動かせない・・・大変。
一日うつらうつらしていたので、夜眠れなくて、看護婦さんの循環のたびに目が覚めて、長かった・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

仮退院

外泊という形で、仮退院してきております。
まだ、傷もひきつれると痛いのですが、何とか動いています。
26日には抜糸です・・・年内にはすっきりと元気になりたいと思います。

| | コメント (3) | トラックバック (0)
|

クリスマスオーナメント

カウントプレゼントと、旧ニフティの手芸フォーラムでのオーナメント交換会に出すオーナメントを作っていたのだけれど、クロスステッチのトップが出来上がったあと、仕立てを考えていたら、入院騒ぎになってしまい、いったん凍結。
退院したので、あわてて「家にいる間に」と3つを仕上げた。
トップは雪の中の動物のクロスステッチ、裏はシンプルな四角つなぎのキルト、周りにグリーンのグラデーションの糸でタティングレースをつけてみました。

「りすとロビン」はカウントプレゼントでみゆさんのところへお嫁入り。「うさぎ」「ロビン」はオーナメント交換会に出します。どこへお嫁入りするんでしょうか・・・

xmas3 xmas1


xmas2 xmas4

クロスステッチのサイズは8㎝×8㎝です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

ところてん?で押し出され・・・

入院日と手術日が変わっちゃいました。
内科から移動してきた人がいるんだとか、いったん退院組はどうしても後に回されちゃいますねえ・・・
16日入院で、手術は19日です。
退院がクリスマスあとになりそうな予感。
先生は22日には退院できるからって言うけど、それは希望的観測だよねえ。
熱が出たり、前から痛みがあったり、黄疸が出たりすると、内臓の癒着があったりするから、腹腔鏡から開腹になったりすることもあるとか。
100例中2~3例・・・ ありえる。私の場合、十分ありえる・・・
年越しだけはしたくないなあ・・・

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

入院生活 4

25日
点滴が入らなくなってきた。機械で落としていく栄養剤の分は圧力がかかっているので入っていくのだけれど、抗生剤は落差で落としていくので、一応入るものの、終わったとたん、栄養剤が抗生剤のボトルに逆流していく。
もう詰まっているのだ。一度、固まらない薬を入れたのだが、(これが無理矢理通すようにするので、じわーっと圧力がかかって痛い)2度目の逆流で、腕も硬くなってきたので、また針を刺しなおした。
左腕に刺せればいいのだけれど、鎖骨下に血栓が残っているので、静脈が細く、サブの血管ができているので、あまり無理はかけられない。それで点滴はすべて右側。もうそろそろ右の血管にも無理がかかっているんだなあ・・・採血は左でするのだけれど、なかなか採れない。手首あたりの細いところで採るので、ちょっと痛い。

さて、午後遅くになって、内視鏡検査および、総胆管結石の除去術を受けた。
点滴をつけたまま、車いすで検査室へ。レントゲンを撮りながらするので、レントゲン室に内視鏡の機械を入れていた。うつぶせになって、足に血圧計をつけられて、横向きでマウスピースをつけられて・・・
点滴に麻酔薬を注入したところまでは覚えている。のどが苦しかったことは覚えている。
「終わったよ~」「は~い」と返事はした。
気がついたらベッドに戻っていた。ストレッチャーで戻ってきたらしい。ちょうど旦那も病室に来ていて、主治医と話をしていたのを見た。あとはまた意識がない。
のどの奥に違和感があるだけで、大丈夫だと思っていたのだけれど、夜中にトイレに起きたとき、鏡で見た顔は幽鬼のように真っ青だった。

26日
術後でまたちょっと熱が出た。でも37.5度止まり。氷枕もいらなかったのだけれど、何をしても落ち着かない。
シェットランドレースも2段くらい編んで、ほおりだす。ごろっと横になっても10分も保たない。どうしちゃったの??という状態。こんな感じで、落ち着かなく一日を過ごす。
主治医から、「結石を自分で生んじゃったみたいだね。中に詰まっていた泥状のものをきれいにしたから。」と説明を受けた。22日頃の発熱がそうだったのかな・・・ともかく、内視鏡を入れても、暴れることもなく、(じたばたして、内視鏡を入れ直したりすることもあるんだそうだ)内科的には処置は済んだということになった。
採血の結果、膵臓の数値で腫れが見られるから、様子を見て、食事はもうちょっと延期ということに・・・

そろそろ食べたい。

27日
落ち着かないのもなくなって、穏やかな日。点滴のカロリーなんかもよくよく見てみた。
500mlで200Kcal 一日4本なので、800カロリーの摂取。これじゃ、痩せるわけだ。病院にいる間にちょっとダイエットできたことになる。あんまりお勧めの方法じゃないけどね。

28日
またまた、点滴の刺し直し。腕はぱんぱん。もう限界なんだろうなあ・・・
やっと夕食から食事がとれることになった。
「おかゆとご飯とどっちがいい?」「へ??ご飯で大丈夫なんですか?」「よくかんで食べれば大丈夫でしょう」
あらら・・・さんざん隣のおばあちゃんに(こちらも胆嚢炎で14日、食べられなかった人でした)「おもゆは水みたいで最初は飲み込めなくてねえ。おかゆもまずくてまずくて・・・」と脅かされていたので、ちょっとびっくり。
ご飯でいきなり食事を再開することになりました。
ゆっくりかみながら食べたのだけれど、胃も小さくなっていたのか、食べた後はおなかがぽっこり。苦しいくらい(^^;)でも、おなかをこわすこともなく、通常食を食べられました。食事は1600カロリー。いきなり倍だよ。

29日
食事を食べられるようになったので、夜中に点滴と機械を取り外しに来た。針と管は短いのを残しておいて、固まらない薬を入れておき、抗生剤を入れるときに使う。ネットで管をまとめて腕に固定。長々と管を引きずらないで、点滴棒もなくなって、やっと楽に歩けるようになった。
3食、ちゃんと食べられて、おなかも大丈夫。明日退院が決まった。はやっ・・・
おかゆから始めていたら、よけいに数日かかったんだろうか。

30日
朝、5時半頃、すばらしい景色を眺めた。
新月1日前の細い月が東に出ていて、地球射(地球の反射で月がぼんやり照らされている状態)も見えて、その真上に金星も見えていた。雲もなく、カメラがないのが本当に惜しい位、きれい。隣のおばあちゃんとしばしぼーっと眺めていた。普段、ゆっくり明け方の月なんて、眺めていられないものねえ・・・

最後に抗生剤を点滴するというので、待ってたのだけれど、新しく入ってきた人がやたらと心配性で、あれこれと看護師さんやら、先生やらにくどくどといろいろ質問していて、落ち着くまでにやたらと時間かかっていた。
それで、「点滴が2本出されているのだけど、午前中に退院だから、1本だよね、確認するね。」と言われていたのに、結局ずっとそちらに時間とられて、いつまで待っても点滴は来ない。結局、「抗生剤はしなくてよくなったの」が分かるまで、2時間くらい待たされた。もう・・・最後の最後まで・・・

旦那は仕事で忙しいので、バスに乗って家まで帰る。やっと帰ってこられた。次は15日入院で、16日手術の予定。1週間で退院できそうだ。クリスマスはケーキも存分に食べられそう。それまで、油ものやクリームものはちょっと我慢。結局、年内はおとなしくしていなくちゃね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

福引で元を取る!?

年末なので、あちらこちらで商店街の福引などやってますね。
近所のスーパーに入っている商店会で500円買い物ごとに1本と言う福引をやりました。
パンを1500円(結構すごい金額なんだけど、我が家では、ぺろっとなくなるんだな、これが・・・)買い物して、
福引を3回引きました。がらがらぽっとん、というあれですよ。
1等は液晶テレビ、2等はお米5キロ、3等は商品券500円、4等はクリスマスブーツ(お菓子)といったぐあい。
はずれの赤はアルファベットチョコ(ちっちゃい四角いやつ)。

ぐるぐる回して、続けてグリーンがみっつ。全部3等が当たりました。
パン代、元を取ってしまった。
テレビじゃなかったけど、ま、いっか(^o^)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

入院生活 3

21日
入院してから初めての発熱。
38.7度。 何年ぶりだろう・・・鎖骨下静脈血栓症のもとになった原因不明の発熱は38.5度だったし(しかし1週間続いたけれど・・・)
さすがに体に応える。寒気がしては熱が上がり、熱くなって汗をかいてちょっと下がり、の繰り返しで一日起きても居られず、ごろごろ過ごす。解熱剤と氷枕のお世話になる。
2年前から平熱が37度くらいになっていて、やっぱりどこかずっと悪かったんだろうなあと、ぼおっとしながら、つらつらと考える。体に炎症が起きていたんだろうか・・・医者に聞いても、血栓症から体温が上がることはないけどなあ・・・と言われてはいたのだ。けれど、ずっと体温は平熱36度から37度に上がり、それっきりほとんど下がることはなかった。
うつらうつらと日中過ごしてしまったため、夜、目が覚めるとなかなか眠れない。悪循環なんだけれど、久しぶりにほとんど何もできない一日だった。

22日
熱はまだ続く。でも、38度を切るようになったため、起きていられるようになり、氷枕も必要なし(どうも枕の高さが合わないので、首も疲れるようだ)まだまだ汗をかいては熱が下がり、しばらくするとまた上がり、なんだけれど、体が楽になったのか、編み物もできるようになった。
やりかけのシェットランドレースを持ってきていたので、できるだけのことはしようと、ぼちぼち編んでいた。
看護師さんは「体が戦っているから、あんまり無理しないように」と釘を刺していく。でも、楽になったんだもの、起きていても もう、何でもない。
主治医が来て、25日に検査と手術をする旨、告げていく。
詳しい説明は、旦那と一緒に24日に聞くことになった。

23日
すっかり平熱になる。しかも、36.2度。あれ?? 普通になったじゃない・・・
点滴ですっかりいろんな毒素が抜けたのかなあ・・・

点滴といえば、点滴棒に機械がついていて、24時間、点滴を落とす量を自動で調節するようになっていて、液が終わると、ピーピー鳴って注意を喚起するのだが、この機械のうなりで、最初の夜はなかなか寝付けなかったり、夜中に目が覚めても、やっぱり気になってしばらく眠れないこともあった。もちろん、腕にくっついている点滴の管はもっと気になるんだけどね・・・

24日
旦那と一緒に、翌日の内視鏡の検査および、総胆管結石の除去の説明を受ける。
内科医のする手術といったらいいだろうか、あらかじめ、ネットで検索して「こんなふうにやるんだ」というのを写真、レントゲン画像付きで、丁寧に説明してくれた。
納得。 後は、内視鏡で苦しくなければいいんだけど・・・(先日、胃カメラで苦しかったんだもの)
熱も収まって、何も入っていない腸がぐるぐるきゅ~きゅ~いっているほかは、すこぶる調子がいい。
さっさと手術をやってくれい。という気分だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

入院生活 2

18日
入院して最初の部屋は、救急病棟だったので、午後になって、内科病棟に移る。
2Fから5Fへ。北側の部屋から南側の部屋へ。
北側は山が控えていて、紅葉もきれいだったけれど、南側は他に高い建物もなく、海の方までずっと見える。
この病院は北と東に山。西にちょっと離れて箱根、南はずっと離れて相模湾。天気がよく、空気が澄んでいると大島のシルエットが見える。見晴らしは抜群。ずっと天候も良かったので、昼間はサンルーム状態で、暑くなるくらい、しょっちゅう窓を開けて、風を通していた。

さて、24時間点滴生活で、絶食だったけれど、水分だけは摂れたので、最初は水、後はお茶と、胃には優しい水分しか入ってこない。最初の一日で、お腹に何もない状態にも慣れて(男性の方が飢餓には弱いとか・・・薬剤部の人談)たまにむかむかすることもあったけれど、栄養点滴と、体内の腫れを抑える抗生剤点滴を付けっぱなしの点滴で落としていく。
することもないからと、タティング(普段から通院の時間待ちとか、電車の中でやっていたモチーフつなぎ)を始めると、回りが珍しがって、「なあに?それ」と寄ってくる。あれこれと話も弾んで同室の人とも仲良くなる。
皆さん、年配。あとで聞いたら、内科の患者さんの平均年齢は70とか。私は「若いから~」とよく言われた。
普段はおばさんなんだけどね(^^;)

19日
腹痛もなく、空腹にも慣れ、暇だけな入院生活。まあ、痛みがないのは幸せだよね、抗生剤も効いているようで。
途中、点滴が漏れ出して、腕が腫れてきて、針を刺しなおした。点滴の針は太い注射針にプラスチックの管も入っていて、注射針だけ抜いて、柔らかいプラスチックの針だけ血管に残るようになっている。だから、昔のように腕を固定しなくても、かなりの自由が利いて、楽なのだ。でも、やっぱりたまに血管が細かったり、何かがあると詰まったり、漏れたりはする。
この日、まだたまに血圧が高くなる。160/100

20日
病院というものは消灯が9時だから、テレビを見ていたって遅くとも10時頃には寝ないといけない。家では1時に寝て6時くらいに起床という生活だったから、常に寝すぎの状態。ベッドも固めなので腰も痛くなる。この日も、夜中に腰が痛くて起きる羽目になった。血圧は落ちてきた。上が140台。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

入院生活 1

15日に下記のごとく、酷い目に合って、夜1時頃、どうしようもないので、夜間緊急診療へ。
救急車はいやだったので、消防署に連絡して、病院にも連絡して、旦那に運転してもらって自分達で行った。
お腹を抱えていないと歩けない。一見妊婦のようだ・・・(^^;)
でも、じりじりと痛みがあって、いつものようには歩けなかった。
症状と、胆石があることを伝え、痛み止めの注射を打ってもらって小一時間くらいすると落ち着いてきた。
明日、かかりつけの内科医がちょうど新患の担当なので、診てもらうよう言われて帰宅。
これが夜中の3時。

16日、旦那もついてきてくれて、新患で診てもらう。CTを撮って、胆石が砕けて総胆管に詰まっていることが判明。内臓の痙攣を抑える薬と、抗生剤で症状をおさえつつ、22日に予約を取って、入院などの話をしましょう。ただし、熱が出たら、他の臓器(特にすい臓)が悪くなるといけないので、すぐ、入院の支度をしてくるように。と言われ、帰宅。

17日、一日、蓮華プロジェクト(メインサイトのパッチワークのページをご覧ください)のパターンを繋げる作業を我が家でみかさんと二人でする。これは以前から決まっていたことと、自宅でするので旦那の許可をもらい、無理しないようにと釘をさされた(^^;)
夕方まで、がんばって、みかさんを駅まで送ったあと、疲れたので一眠りする。
この時点で、既に尿はオレンジ色だった。
夜、熱がやってきた。38.0度。たぶん限界だろうと、夜9時に(また夜だよ(^^;))またまた病院に電話して、入院の支度をして出かける。熱だけで、痛みはなし。診療を受けて、やはり念のために入院しましょうということになった。
尿は血尿か!?と思っていたのだが、肝臓からくる黄疸尿だった。16日の時点で、肝臓の数値はすごい値になっていたので、やっぱり限界だったんだなあ・・・この色つきの尿は1週間くらい抜けなかった。
でも、体にたまっていないで外に出てくる分、黄疸尿の方が、いいんだそうだ。体に溜まるのは恐ろしい。
夜11時、ベッドに落ち着く。そのとき血圧は170/100、24時間点滴の絶食生活が始まった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »